きれいな鯵だなあ、と魚屋さんの前で見とれていた。体長十五センチくらいの薄い青色や緑色が織り成す体。きらきらと光っている。賢そうな黒い目玉。つんと反った尻尾。
ポンと背中を叩かれ、振り向くとTさんが立っていた。「鯵ね、煮付けにしてもおいしいよ」と言った。時々酢漬けにはするけれど、そういえば長く煮付けにはしていない。「ありがとう、煮付けにするわ」
六匹が籠に盛り付けてあったのでそれを買った。早速切れ味の鈍かった包丁を砥石で研いでゼイゴを取り、腹を裂いた。腹に包丁を当てると、瑞々しい弾力のあるそれは最初、切っ先を払った。あら、私は力を入れて角度を選んで刃を刺し開いた。どっと腸が飛び出した。整然と詰め込まれていた腸がまな板の上に広がる。小さなピンク色の腸。黒や赤紫光線の加減では黄色にも見える小さな臓物。これらが生きて呼吸し、それぞれの仕事をし、この小さな美しい鯵を広い海に泳がせていた。
鯵が黒い目で見ていたものを私も見てみたい。海の中はどうなっているのだろう。太古生命が誕生した神秘の海。きっとまだ解明されていない謎があるはずだ。この鯵はその秘密を知っていそうだ。
Tさんに教えてもらった煮汁を鍋に作り、何もない腹の鯵を沈めた。