この扇の全面を覆う文字の下に描かれた場面を見てみる。
冠と烏帽子を着けた二人の人物がいる。カタログの作品解説を読むと、床下に水が流れる泉殿で涼をとりながら酒肴を楽しむ様子が描かれている、とのこと。
そういえば、すのこのような板が見える。水の流れを表す小さな盛り上がりも見える。冠の人物の前に置かれた高坏にきれいに並んでいるものは何だろう。鮮やかな赤い漆の面が、マクワウリを切ったようなその白いものを美しく際立たせ、見る者の目をひく。烏帽子の人物の前にもわずかに高坏の赤がのぞいている。友人とくつろいで談笑する800年も前の穏やかなひとときが蘇ってくるようだ。
それにしても、この日常のひとこまをすっかり覆う経文の文字、である。その意味するところは、何よりもまず今ある生活すべての平穏を祈ること、だったのだろうか。当時の人々の切実な願いも重なって見えてくる気がする。
山口県立美術館学芸参与 斎藤 郁夫