小学生の頃の話だから半世紀ほど前のこと。魚屋の大将(オヤジ)に懐いていた私は夕方になるとそこに入り浸っていた。
ただし、大将はすぐにさぼる。月の半分は店にいない。いたとしても客とじゃれているか、近所の子供たちと遊んでいるかのどちらか。働いているのはおカミさんだけなのだ。
女を泣かせる遊び人とやらに違いない―私は子供心にそう思っていた。錦之助に似た色男だったし。
ところが鶏の世話をする時だけはいつもと違う。やたらと真剣なのだ。
その大将が「鶏のチャンピオンや」といって見せてくれたのが軍鶏(シャモ)。
闘鶏場に連れていかれて初めて闘鶏を見た。
土埃とむせ返るようなにおいと怒号。覚えているのはそれだけだ。子供には激しすぎた。
それから50年。60歳の私が見ているこの闘鶏図のなんと優雅なこと。双鶏の舞といってもよいほどだ。
とはいえ、そこには一触即発のにらみ合いが隠されている。激突の後の静寂―宙を舞う羽が緊張感をさらに高める。
コレクション展(3月31日まで)展示作品より
山口県立美術館副館長 河野 通孝