秋空は鈍色にして
黒馬の瞳のひかり
水涸れて落つる百合花
あゝ こころうつろなるかな
神もなくしるべもなくて
窓近く婦の逝きぬ
白き空盲ひてありて
白き風冷たくありぬ
窓際に髪を洗へば
その腕の優しくありぬ
朝の日は澪れてありぬ
水の音したたりてゐぬ
町々はさやぎてありぬ
子等の声もつれてありぬ
しかはあれ この魂はいかにとなるか?
うすらぎて 空となるか?
【ひとことコラム】〈しるべ〉は知人の意。孤独の内に亡くなった女性の姿が連を追うに従って鮮明になり、窓辺で髪を洗う姿を描いた第三連は一枚の絵画を見るようです。〈髪〉と〈腕〉に見られる黒と白のイメージの組み合わせが全体に散りばめられ、喪失感と哀悼の思いをにじませています。
中原中也記念館館長 中原 豊