冬の早い夕暮れ、近所まで出かけた。外はもう暗い。懐中電灯を持って行こう。これはゴムのようなスイッチを押すとパッと明るく灯るのだが、スイッチから手を離すと消えるのだ。おかしいなあ。こんな事ってあるのかなー。
これは亡き伯母からの貰い物。「この懐中電灯は変だよ。ずっと押していないといけんから指が疲れるわ。アンタにあげる」。私はスイッチを親指で押し続け歩いた。指がしびれる。
前から自転車が来た。私の方に不自然に寄って来る。危ない、よける。懐中電灯を落とすまいと強く握った。ぶつかる直前、自転車はするりと私の側を何事もなかったように走り去った。何よ、乱暴ね。
あら? 懐中電灯が点いている、スイッチを押していないのに点いている。何故? そうか、強く押せば点くのだ。軽く押すと接触した時だけ点く。離すと消える。
高齢の叔母は強く押す力がなかったのだ…。自転車と接触しそうになった瞬間、懐中電灯を握りしめたその時に、スイッチを強く押したのだ。自転車の無礼な男が懐中電灯の使い方を教えてくれた。
帰り道、懐中電灯は、明るく灯り、横断歩道を照らし、私を家まで無事に連れて帰ってくれた。懐中電灯を着ていた割烹着で丁寧にぬぐい長く頭を垂れた。