写真家・下瀬信雄の自然に対する視線はとても懐かしく、また、とても新鮮である。
「結界」シリーズが見せてくれるものは、撮影された場所も時代もちがうけれど、私にも覚えがある。夏の朝、小学校の昇降口の下に落ちていたオオミズアオの冷たく澄んだ色、田んぼのアメンボが踏みつけている不思議な水面のへこみ、そして、駅に続く小道が通る竹林の深い暗さ。みんな写真から思い出す。
その一方で、初めて見るような新鮮な驚きも感じる。画面の下から上までびっしり広がるヒメオドリコソウ。見慣れた植物のイメージを一変させるような猛烈な生命力。そして、まるで艶やかな女性のポートレートを見るような白い花。題名を読むまで、それが夏にすっくと立って淡い色の花をつけるナツズイセンだとは思わなかった。
カラー写真は小説でモノクローム写真は詩である、と下瀬は言う。
なるほど。すばらしい詩だなと思う。会期は7月7日(日)まで。
山口県立美術館学芸参与 斎藤 郁夫