(6月6日付・松前了嗣さん寄稿の続き)
春を待つ
薩長連合軍の東上が迫る中、異郷の地でひとりの女性が波瀾の生涯を閉じた。女流歌人・野村望東尼である。
9月25日より、戦勝祈願のため三田尻に滞在していた彼女は、薩摩船の到着を一目見ようと海を眺めていた。
「まちまちし かひもありそに いざ行きて あづまあふがや 薩摩おほふね」
果たして、ずっと待ち続けていた甲斐はあるのだろうか。荒波が打ち寄せるその砂浜に行き、あの薩摩軍の大きな軍艦を一度この目で仰ぎたい-。
彼女は薩摩軍を乗せた船を待った。そして、その船が姿を見せた後、にわかに体調をくずし、その後は病の床に伏すようになった。
「冬ごもり こらえこらえて 一時に 花咲きみてる 春は来るらし」
寒い寒い冬ごもりの時期をじっと耐え、我慢に我慢を重ね、その力を蓄えていた花たち。やがて春が訪れ、一斉に咲き開く、そんな時がやって来るようだ-。
1867(慶応3)年11月6日、彼女は玄界灘沖の姫島から救出してくれた藤四郎らが見守る中、滞在中の荒瀬家でしずかに息を引き取った。享年62であった。
(続く。次回は6月20日付に掲載します)