山に清水が流れるやうに
その陽の照つた山の上の
硬い粘土の小さな溝を
山に清水が流れるやうに
何も解せぬ僕の赤子は
今夜もこんなに寒い真夜中
硬い粘土の小さな溝を
流れる清水のやうに泣く
母親とては眠いので
目が覚めたとて構ひはせぬ
赤子は硬い粘土の溝を
流れる清水のやうに泣く
その陽の照つた山の上の
硬い粘土の小さな溝を
さらさらさらと流れるやうに清水のやうに
寒い真夜中赤子は泣くよ
(一九三五・一・九)
【ひとことコラム】長男・文也が誕生した時、中也は東京にいました。実家に戻って文也と初めて対面したのは昭和9年12月9日、この詩はその一カ月後に書かれています。生後三カ月の赤ん坊が夜泣きする声を〈流れる清水〉に喩えた点に、詩人独自の感性と溢れんばかりの愛情が感じられます。
中原中也記念館館長 中原 豊