風呂に入る時、裸になった自分の身体を見て、不思議だなあ、って時々思う。
熊や猪のような剛毛を持たないつるりとした身体。山を裸で歩けばすぐに木々で傷つく弱い身体。つるりとした身体を守るために、蛙や鰻のようにぬるぬるした分泌物も出ない。つるりとした柔らかい裸で産まれてくるって、考えてみると恐ろしいこと。誰かの庇護なければ生き残れない。人の優しさを確信して産まれてくる。
今年はいつもの踵の皸もできない。しもやけもない。身体の中で何かが変化しているのだろうか。暖冬という気味悪い変化と同じで、気味悪いことが身体の中で起きているのだろうか。
数本の歯はなくしたけれど、まだ臓器は自前のものだ。裸の上から臓器を確認する。ここに心臓、ここに胃、ここは小腸…奥にある臓器にも声をかける。ご苦労様。もうしばらくお付き合いください。最後に頭をポンと叩いて、目覚めよ、と激励する。
もし手が三本あったら、あの時、心ならずも置き去ったものが持てただろうか。三本目の手をくるくると巻きつけてしっかりと持ち続けられたかもしれない。足が三本あったら、私は徒競走で一等になれるかもしれない。夢が叶う。ああ、残念。
今日は、石鹸の泡を盛大にたててきれいに身体を洗ってやろう。