雨を含んだ暗い空の中に
大きいポプラは聳り立ち、
その天頂は殆んど空に消え入つてゐた。
六月の宵、風暖く、
公園の中に人気はなかつた。
私はその日、なほ少年であつた。
ポプラは暗い空に聳り立ち、
その黒々と見える葉は風にハタハタと鳴つてゐた。
仰ぐにつけても、私の胸に、希望は鳴つた。
今宵も私は故郷の、その樹の下に立つてゐる。
其の後十年、その樹にも私にも、
お話する程の変りはない。
けれど、あゝ、何か、何か……変つたと思つてゐる。
(一九三六・一一・一七)
【ひとことコラム】長男・文也を亡くした一週間後に書かれた詩。ここには以前と変わらず希望を失わないようにしている詩人がいます。表面的には何も変わらないように見えていても、本質的な変化は見えないところで進んでいくもの。それがわかるのはいつも少し後になってからです。
中原中也記念館館長 中原 豊