小川洋子著『沈黙博物館』を読んだ。「沈黙博物館」とは、死んだ人の物言わぬ形見を陳列する博物館。ただの形見ではない。−その肉体が間違いなく存在しておったという証拠を、最も生々しく、最も忠実に記憶する品なのだ。それがなければ、せっかくの生きた歳月の積み重ねが根底から崩れてしまうような、死の完結を永遠に阻止してしまうような何かなのだ−
実家の整理をした。両親が亡くなり四年が経った。生々しかった生活の痕跡が薄らいで、空家特有の陽の当たる部屋は乾いた匂いがし、北側の部屋は湿気た水っぽい空気が漂っていた。彼等は九十八歳まで戦前戦後を生きてきたので物を大切に使った。包み紙、紐、ほどいた毛糸の玉、なんでも几帳面に保存していた。
さて、どのように整理するか。『沈黙博物館』の形見収拾の定義にもとづいて、一つだけ手元に両親の痕跡としての形見の品を残して、後は棄ててしまわなければならない。どれにしようか。−死の完結を永遠に阻止してしまうような何か−
一週間も片付けているが、形見の品が見つからない。だいたいが、死によってその人の一生は完結、とみるのが一般的なのに、それを永遠に阻止してしまう品、そんなものがあるのか。自然に反している。
ぼんやりと空家に座っている。