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在りし日よ、幼なかりし日よ!
春の日は、苜蓿踏み
青空を、追ひてゆきしにあらざるか?
いまははた、その日その草の、
何方の里を急げるか、何方の里にそよげるか?
すずやかの、音ならぬ音は呟き
電線は、心とともに空にゆきしにあらざるか?
町々は、あやに翳りて、
厨房は、整ひたりしにあらざるか?
過ぎし日は、あやにかしこく、
その心、疑惧のごとし。
さはれ人けふもみるがごとくに、
子等の背はまろく
子等の足ははやし。
………人けふも、けふも見るごとくに。
(一九二八・一・二五)
【ひとことコラム】年齢を重ねると時が早く過ぎるように感じられますが、子どもの頃の時の流れはとてもゆっくりしていて濃密でした。失われてしまったその時間がかけがえのないものであることを知る詩人は、今まさにその時間を生きている眼前の子どもたちを複雑な思いで見つめています。
中原中也記念館館長 中原 豊