令和三年、今年の初雪を肩に我が家の庭に聖徳太子が立っている。一メートルばかりの石造で祖父が彫ったものだ。
中国山脈の裾の故里の柔らかい石灰岩で、明るい灰色をしている。教科書で見た凛々しい太子ではなく、少し下がり目の気弱な感じの優しい聖徳太子だ。像の背に“聖徳太子”と彫ってあるので、我が家ではこれは聖徳太子なのだ。今は亡き祖父母の家の庭に据えられていた像で、幼い私はその下にしゃがんでおしっこをした。
幼い頃私は、町に住んでいた。町の家は狭く、便所は短い廊下にあった。ちっとも怖くはなかった。
祖父母の家は古く、母屋から便所まで暗い廊下があった。古い家なので壁が落ちぶよぶよした板もあり、いたる所に幽霊がいた。怖くて行けない。皆のいる座敷から庭に飛び降りてしゃがんだ。聖徳太子の前で太子に見守られて失礼をした。
祖父母の家を壊す時、聖徳太子を貰い、我が家の庭に連れてきた。太子の前でもうおしっこはしないが、時折しゃがんで祈ることはある。
ある日、落ち葉を掻き分けると太いミミズが這い出てきた。おもわず生殖器をつぼめた。ミミズにおしっこをかけたら大切なところが腫れるぞ。祖父母の声がする。
故里を遠く離れて聖徳太子の石造に雪が降る。