春近くなると落とし物が増えてきます。寒いかな、と冬の装備で家を出ると、外の日差しはもう暖かくて、コートのボタンを外し、手袋やスカーフも取ってしまいます。すると、ポケットに入れたはずの手袋、バッグに直したはずのスカーフが、気がついたらなくなっているのです。落としたのです。
近頃は、マスクが道端に落ちているのをよく見かけます。白いマスクが灰色に薄汚れています。が、やはり一番は手袋。それもきまって片方。
てぶくろ 朝倉宏哉
赤いてぶくろが落ちています/毛糸のかわいいてぶくろです/起きあがろうとするかのように/てぶくろはからだをよじって呼んでいます//落としたこどもを呼んでいます/右のてぶくろが左のてぶくろを呼んでいます/生まれたときから双子で育った右左/ひきさかれひとりぼっちで泣いています//歩道の端や公園のベンチのあたり/落ちているてぶくろはなぜかいつも片方です/片方だけではさびしくてせつなくて//てぶくろは拾わずにそっとしておきましょう/こどもが片方のてぶくろをにぎりしめ/けんめいに探し回っていますから
落ちていた左手の手袋が、垣根の木にひっかけてあります。手袋が「早く見つけてくれないかな」と子供を呼んでいます。