自転車を止めハンドルに顔を近づけた。冷たい金属がのぼせて昂揚した頬に気持ちよかった。明日は乗れるよね。このままじゃないよね。
この自転車は、凄い特徴を持っているのだ。二〇〇四年、八月の“おんなの目”に自転車を買ったいきさつを書いている。
『四月。二十年乗り続けた自転車がスーパーの駐輪場で盗られた。不注意で鍵をかけ忘れていた。仕方がないので、新しい自転車を買うことにした。気になる自転車がある。新聞で次のような記事を読んだ。“空気入れ不要の自転車部品を開発した中野隆次さん。中野さんは、車輪中央の部品ハブにポンプを内臓し、自転車を漕げばタイヤに空気が入る仕組みを開発した。中野さんは、三年間漏れた空気を補うハブを考え続けた”。私は近くの自転車屋で中野さんの自転車を注文した』。
あれから十七年。乗り続けたが、壊れなかった。
次の日、恐る恐る乗ってみた。何度も助走を試みるが、右足がフレームを越えない。バランスがとれない。晩秋の風は冷たく、指先が痺れてくる。仕方がないね。お前も私も少し休もう。私は肩で大きく息をした。自転車も車体を膨らませ、ふわーと息を吐き出した。