今から半世紀も前の話になるが・・と書き始めて、あらっ、そんなに前から生きてたっけ、と改めて驚いた。自分の齢を知らないわけではない。ひどい老眼だし、朝起きるといつも体が痛い。ひと昔前なら、「爺さん」と呼ばれておかしくない58歳だ。それはともかく、今回ご紹介するこの鎧姿の男も、頬のたるみや目元の皺、鎧兜のくたびれ方から察するに「爺さん」である。とはいえ、相当な修羅場を潜り抜けてきた手練れに違いない。
その老兵が一本の小さな枯れ枝をじっと見つめている。哀しい表情というわけではない。ただ身体ごと一心に見ているだけである。その姿を見た時ふと、50年前、小学生向け読本で知った「敦盛最期」を思い出した。愛息と同じ年頃の若武者、平敦盛の命を奪わざるを得なかった関東武者、熊谷直実の物語である。その苦悩する無骨な男の哀切が800年の時を経て現代に現れた。そんな感じがしたのである。
山口県立美術館副館長 河野 通孝