あの家がない。昨日、盛りのツツジを見に行ったら、あの家がなかった。
八十代後半と思われる二人の女性が住んでいた家。住んでいたといってもそれはもう十年も前のこと。
小さな平屋で玄関先にはいつも季節の花が咲いていた。二人は腰が曲がり足も悪そうであったが、私を見ると、にっこりと笑ってくれた。干された洗濯物はきちんと皺がのばされ風にはためいていた。ある日、家が閉ざされ、二人はいなくなった。
その家は、ツツジの花の咲く川べりにあり、私は毎年それを見に行った。二人の小柄で丸くて優しい笑顔のお婆さんがいなくなった家を、十年見続けてきた。主のいなくなった家は、軒が傾き、瓦が落ち始め、壁が崩れ、板が剥がれ、家の中が人目にさらされた。鍋も笊もしゃもじさえ見えた。本も箪笥もたわんだ畳にそのまま置いてあった。裏側に回れば、囲われていた板もなくなっていて、乾いた便槽に陽が射しこんでいた。
あの家は、なんの痕跡も残さず消え、白い砂のような土で平に整地されていた。洗濯ものが干されていた辺りに「売り土地」と四角い看板が立っている。ときおりの強い風にツツジの花びらが揺れる。しばらく佇んでいたら、なにもない空き地が、二人のお婆さんを抱いて、聖地のような輝きを見せた。