今から半世紀ほど前、ザイール(現・コンゴ)の首都キンシャサでボクシング史上に残る世紀の一戦が開催された。世界中で放映され、30億人が見たといわれるうちの一人が小学校5年生だった私だ。下校途中だったと思う。商店街の金物屋で、大勢の大人たちとテレビにかぶりついた。
チャンピオンは「象をも倒す」と恐れられた若き英雄ジョージ・フォアマン。挑戦者は峠を越えたとはいえ大スターのモハメド・アリ。「王者KO勝ち」という大方の予想通り、序盤からフォアマンが圧倒していたのだが、8R状況が一変。まさかの王者ノックアウト負けとなったのである。栄光の座からアリの引き立て役へ。文字通り転がり落ちてしまったこのKO劇は、あの金物屋にも衝撃を走らせた。
一方、今回ご紹介する《ボクシング》。「キンシャサの奇跡」の10年前に描かれたこのKOシーンにはあの「衝撃」は微塵もない。
敗者へのさりげない心遣いが、ふんわりと漂っているだけである。
山口県立美術館副館長 河野 通孝