ゆめに、うつつに、まぼろしに……
見ゆるは 何ぞ、いつもいつも
心に纏(まと)ひて離れざるは、
いかなる愛、いかなる夢ぞ、
思ひ出でては懐かしく
心に泌(し)みて懐かしく
磯辺の雨や風や嵐が
にくらしうなる心は何ぞ
雨に、風に、嵐にあてず
育てばや、めぐしき吾子(あこ)よ、
育てばや、めぐしき吾子よ、
育てばや、あゝいかにせん
思ひ出でては懐かしく、
心に泌みて懐かしく、
吾子わが夢に入るほどは
いつもわが身のいたまるゝ
(一九三五・六・六)
【ひとことコラム】 長男・文也が生後八ヶ月の頃に書かれた詩。〈懐かし〉は愛おしいというほどの意味で、寝ても覚めてもわき上がってくるわが子への思いを表しています。その愛情の深さ強さは詩人自身も戸惑うほどで、最終連ではわが子と一体化したように期待と不安に震える姿が見えます。
(中原中也記念館館長 中原 豊)