私は今まであまり手を洗いませんでした。新型コロナウイルスが現われ、手を洗うようになりました。
手洗い新米の私は手洗いが下手です。石鹸の白い泡の中で十本の指をこすって揉んで、手首まで。がんばれ新米。流水でコロナウイルス、様々な菌を流しましょう。必要な菌もあったのではないか? 流しましょう。
指がない! いや、右手に七本、左手に三本。小指の横に左手の小指が生えて、人差し指と親指の間に親指がニョキ。洗い方を間違ったのかしら。なにせ初心者ですもの。賑やかな右手は大はしゃぎで歯ブラシを二本器用に持ったり、美容クリームの中に指を突っ込むやら大騒ぎ。もう一度、政府推奨の方法で洗いましょう。
泡の中で親指が挨拶をしている。「もはやお別れ。左手の歴史をお話し、右手の物語をお聞きしたいと存知ましたのに。我らの主人は高齢者にもかかわらず、普通でない手の状態に大慌てをするうつけ者。沈思黙考を唱えているのに今だ叶わずのお調子者。これからは指先だけではなくしっかりと手洗いをするでしょうから、泡の中だけとはいえ幾度もお会いすることができます。追々に互いのこと等語り合いましょう」。
小指を抱え左手に去る親指。
私はタオルを取ろうとしたが取れない。指が痺れているような。