暑い日が毎日つづいた。
隣りのお嫁入前のお嬢さんの、
ピアノは毎日聞こえてゐた。
友達はみんな避暑地に出掛け、
僕だけが町に残つてゐた。
撒(さん)水車が陽に輝いて通るほか、
日中は人通りさへ殆(ほと)んど絶えた。
たまに通る自動車の中には
用務ありげな白服の紳士が乗つてゐた。
みんな僕とは関係がない。
偶々(たまたま)買物に這入(はい)つた店でも
怪訝(けげん)な顔をされるのだつた。
こんな暑さに、おまへはまた
何条買ひに来たものだ?
店々の暖簾(のれん)やビラが、
あるとしもない風に揺れ、
写真屋のショウヰ(イ)ンドーには
いつもながらの女の写真(かほ)。
一九三七・八・五
【ひとことコラム】暑い夏の日の閑散とした街の情景は最晩年に中也が暮らした鎌倉がモデルと考えられ、何気ない日常の一コマの不思議にリアルな描写が、〈僕〉の疎外感を際立たせます。当時、大陸では日中戦争の戦火が広がっており、中也は故郷・山口に居を移すことを決意していました。
中原中也記念館館長 中原 豊