小川が青く光つてゐるのは、
あれは、空の色を映してゐるからなんださうだ。
山の彼方(かなた)に、雲はたたずまひ、
山の端(は)は、あの永遠の目(ま)ばたきは、
却(かえつ)て一本(ひともと)の草花に語つてゐた。
一本(ひともと)の草花は、広い畑の中に、
咲いてゐた。――葡萄(ぶどう)畑の、
あの脣(くちびる)黒い老婆に眺めいらるるままに。
レールが青く光つてゐるのは、
あれは、空の色を映して青いんださうだ。
秋の日よ! 風よ!
僕は汽車に乗つて、富士の裾野をとほつてゐた。
(一九三三・一〇)
【ひとことコラム】 高く抜けるような青空は、秋ならではのもの。この詩では、空の青が小川やレールに映り、雄大な富士が小さな草花に語りかけていて、地上にある身近なものまで空と同じ透明感をたたえ永遠性を帯びているようです。そんな景色の中を旅する詩人はとても幸福そうに見えます。
※無題の詩で、冒頭の1行を題名の代わりに用いているため、題名に( )を付しています。
中原中也記念館館長 中原 豊