故郷高知を離れてはや40年。京都、東京と移り住み山口に漂着して28年が過ぎた。土佐弁を喋ることもなくなったが、不意に口をついて出ることもある。
「のーがわるい」。
小学館の日本国語大辞典第二版によると「道具などの具合、調子が悪い」(方言・高知)とあり、文例として「この万年筆は、のーが悪い」が引かれている。高知ネイティブとしては、「事態がうまく運ばないことを道具のせいにして八つ当たりする時にも使う」と付け加えておきたい。
例えば、私がミイラ作り職人だったとする。さて、いままさにミイラを作り始めた時、最初に30センチほどのこの青銅製の鉤(かぎ)を鼻から(!)差し込んで脳みそを掻き出すわけなのだが、なかなかうまくいかない・・・「おーの、のーが悪い!」(=「Oh! No! この棒のせいで仕事がはかどらん」)となる。
鉤の先端の微妙な曲がり具合を見て頂きたい。ミイラ作り職人の不満を聞かされ続けた鋳物職人の努力が、この形に結晶したと思うのだが、いかがだろう。
山口県立美術館副館長 河野 通孝