防府天満宮の150メートル手前に、宮市で本陣を務めた兄部(こうべ)家はあった。同家は鎌倉時代から続く豪商で、合物と呼ばれる塩魚や干し魚を扱う組合の長を代々務めており、江戸期には酒造業も始めていた。長州藩主の藩内巡視時には天満宮参拝を兼ねてしばしば滞在した記録が残っており、また薩摩藩主も参勤の際には利用したと言われている。
萩往還のガイドを始める2年前、家内と萩往還を完歩した日に、この建物を見て「さすが元本陣」と感心したのだが、その2年後の2011年7月22日未明に出火して全焼したと聞いた時には本当に驚いた。広大な建屋はすべて焼け落ちてしまい、今は瓦葺袖付棟門が街道側にひっそりと残るのみである。
文・イラスト=古谷眞之助