今から1600年前ごろの中国のお話。盧山に隠棲する高僧・慧遠は、俗世とのかかわりを絶つため、遠来の客人を見送る時ですらも決して虎渓の石橋を渡らないという誓いを立てていた。しかし、詩人の陶淵明と道士の陸修静を見送った際、話に熱中するあまり不覚にも、石橋を越えてしまう。遠くからの虎の啼き声で、初めて越えたことに気づいた3人はそこで大笑いしたという。仏教、儒教、道教の三教一体を表すものとして古来より語り描き継がれてきた故事である。
初めてこの話に触れた時「奥の深い話なんだろうなぁ」と、さしたる興味もわかなかった。しかし、昨年の師走に、あの蕪村が描いたこの絵を見てすっかり愉快な気分になった。3人の賢者の表情が絶妙である。
夢中で話に興じる二人の傍らで、一人が「あれっ? と、ら・・・」という顔をしている。この数秒後に、3人のおじさんの愉快な大笑いが爆発するのである。
*「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品展」(2022年3月1日から山口県立美術館で開催)展示作品より
山口県立美術館副館長 河野 通孝