午後七時、私はA町の山間のバス停で我が家に帰るバスを待っていた。周囲は真っ暗で、ときおり吹いてくる冷たい風に竹薮が大きく揺れる。私の立つバス停だけ外灯に照らされて明るいので、山の中から狸に見られているようで落ち着かない。同級生の道子さんに会いたくて出かけたのだ。長居をしてしまった。バス停まで送るという道子さんを制して、一人バスを待った。道子さんは足が少し不自由なのだ。
山際のカーブの先から黄色の光が見えて、それが段々大きくなって、眩しくて目をそらしたらバスが止まった。
乗客は五人で全員マスクして、三人の中年の男性客はうつむいて眠っている。仕事帰りか。このご時勢、働くことは疲れるだろう。二人は若い女性で一人が白い百合を三本抱えている。甘い匂いを私は吸い込む。
暫く走ると右窓に商店街のネオンが見え、ショーウインドウの明るい黄色の光が連なる。歩いている人もいる。ふっと左側の窓を見ると、その窓にも右側の町があるではないか。えっ、町が二つある! 右を見たり左を見たりした。町は二つある。左の窓の外は海で真っ暗。そのスクリーンに右の町が映っているのだ。左の町は架空の町。人の住めない町。
両窓に二つの町の瞬く光を見ながら得をした気分でバスに揺られた。