「梅の花が咲いてるな。番頭さんに教えてあげなきゃ…えっ! あーっ!」
粉雪が舞っているのに気付いて、ふと覗き込んだ庭先では、ちらほらと梅が咲き始めている。そんな可憐な春の兆しも、丁稚の定吉(ということにしておく)自身が発した奇声のせいで台無しである。梅の美しさに驚いたからではない。その視線の先に、突如、とびきり美しい女性が出現したからである。おまけに女性の足元ははだけ、その白い脛がほんの僅か、ちらりと見えている。妙な視線に気づいて驚き、後ずさりしたせいである。
スペースの都合上、皆さんにお見せできないのが残念なのだが、定吉がこんなにも眼をむいて、「あーっ!」と叫んでしまった本当の原因は、おそらくはこの「ほんの僅か」の「ちらり」のせい。
定吉の顔の馬鹿馬鹿しいほどの仰々しさは、抑制された「ちらり」を増幅させるために仕込まれた、巧妙な仕掛けなのである。
※「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品展」 (3月1日から)展示作品より
山口県立美術館副館長 河野 通孝