また来ん春と人は云(い)ふ
しかし私は辛いのだ
春が来たつて何になろ
あの子が返つて来るぢやない
おもへば今年の五月には
おまへを抱いて動物園
象を見せても猫(にゃあ)といひ
鳥を見せても猫(にゃあ)だつた
最後に見せた鹿だけは
角によつぽど惹(ひ)かれてか
何とも云はず 眺めてた
ほんにおまへもあの時は
此(こ)の世の光のたゞ中に
立つて眺めてゐたつけが……
【ひとことコラム】生きとし生けるものが輝く五月。言葉を覚え始めた幼児が少しずつ世界にふれていく姿も輝きに満ちています。その鮮明な記憶と七五調のリズムに、愛児を失った深い悲しみを溶かし込もうとするかのような本篇は、二歳になる長男・文也が病死して間もない頃に書かれました。
(中原中也記念館館長 中原 豊)