1983年5月から2年9か月にわたって連載された朝日新聞の連載小説『湿原』(加賀乙彦著)。その挿画を担当したのが、野田弘志(1936-)である。鉛筆によって克明に描かれた全628点にものぼる連作は、野田の名を一躍世に知らしめることとなった。
「ホッチャレ」とは、産卵(あるいは放精)を終えて肉がやせ、脂も抜け落ち味が悪くなった鮭のことを指す北海道の方言。野田は人間に見向きもされなくなったこの鮭を執拗に見つめつくし、頭部に残された数多くの傷跡を執拗に描きつくした。
生々しい傷跡には、流れに抗いながら川を遡上し、一匹のメスをめぐって決闘し、あるいは体力を振り絞って放卵した後、命尽きることとなったこの鮭の半生が刻まれているのである。
次世代へと命をつなぐ営みは、当たり前であると同時に、過酷でもある。
※「野田弘志展」(6月19日まで)展示作品より。
山口県立美術館副館長 河野 通孝