衣更えをしなくてはならない。部屋の中が冬服と、急いで引っ張り出した夏服とが散乱している。もう七月だ。今日こそは整理しよう。
箪笥を開けると溜息の出る服がある。真っ白の上着とスカート。十年前にMさんから貰ったものだ。Mさんは、このひと揃えをユニホームとして行事の時に着ていた。とても似合っていたので私は会う度に誉めた。
ある日「今度、シリアのアレッポに行くので、もう必要ないからこの服を貰って」と言った。彼女は慈善団体の一員としてシリアに行くのだ。その頃、私はシリアは観光地としか知らなかった。大喜びでいただいた。あれから一度も着ていない。何故か。汚れるからである。スパゲッティを食べれば胸の辺りにソースが飛び、うどんをすすれば、出し汁のシミが、水を飲んでもこぼす。白い服が汚れていくのが嫌なのだ。そんなことにこだわって、Mさんの心内に長く考えが及ばなかった。Mさんの赴任地アレッポは、長く続く紛争地だったのだ。世界の出来事に疎すぎた。
“古い歴史の町は瓦礫の山です。ウクライナ以上です。シリアの方々に幸あれと願います”と便りにあった。同封の写真の彼女は、黄土色のシャツとズボンで、黒いシミがいっぱいあった。頭を垂れた。