「戦争中、花も何もない時期に炭鉱の炭掘りをやる毎日に、道ぞいに偶然のように赤いバラが咲いていましてね。どういうわけか、そのバラはとても美しかった。それまでバラはたくさん見てはいましたけど、『美しいな』と思ったのはその時が初めてでした。いま思うと、格別、特殊なバラということではなかったと思うんですけど」。
バラの名手とうたわれ、数々の名品を残した松田正平が、その美しさに初めて出会った時のことを語った言葉だ。
道ぞいに、偶然のように咲いていたバラ。どうということもないバラなのだが、これが「どういういうわけか」美しかったというのである。
そんな美しさに触れてしまった絵描きが、格別に美しいだけのバラなど、もはや描けるわけもない。だから、松田のバラもまた偶然のようにそこに咲いているだけである。
これが、どういうわけだか美しいのだ。
※コレクション展「松田正平と宇部」(9月4日まで)展示作品より
山口県立美術館副館長 河野 通孝