恋愛小説のクライマックス、離ればなれになっていた恋人同士が数多の試練を乗り越えて再会する。男性は、戦いで足を負傷し、歩行もおぼつかないのに、必死で彼女に走り寄る。彼女も転げんばかりに彼の元に駆ける。言葉もなくただ見つめ合う二人。
そんな場面に何故か突然、《そうだ、夕食に南瓜を煮よう》と思うのである。恋人同士が手を取り合う感涙の場面に何故に南瓜の煮物を思うのか?
バスに乗って、のんびり紅葉した山々を眺めていたら突然、《そろそろ髭を剃らなきゃ》と思った。
数日前から口の周囲に薄く毛が生えているのに気づいていた。唇の右に一ミリくらいの黒く濃い毛が一本ある。剃らなきゃ、と思ってはいたが何故、今、唐突に思い出すのか?
これまで一度も経験したことがないのに、かって経験したことがあるように感じることをいう既視感という言葉は知っている。それとは違う。南瓜の煮物も髭剃りも経験し、知りつくしている。
私の脳が老化していて突然暴走するのかしら? 既視感のようにこれを表す言葉があるのかしら? これからも奇抜な組み合わせで出て来て欲しいなあ。二つの組み合わせに距離があればあるほど驚きが大きく、二つの離れた言葉の往還でいつまでも楽しめる。