今月は中年男の顔にクローズアップ。目を細めて微笑んでいます。というより脂下がっている? 実は、視線の先には艶やかな着物姿の女性がいるのです。
男の名は左甚五郎。数多くの逸話が残されている伝説の名工ですが、「美女と甚五郎」といえば、「銘作左小刀 京人形」。歌舞伎の人気演目の一つです。廓の遊女、小車太夫に恋い焦がれ、会いたい一心で太夫を彫り上げた甚五郎。彫像相手に酒宴を楽しんでいるうちにあら不思議、あまりの出来栄えに、彫像が太夫のように動き出す・・・。浮世絵などに見られる「京人形」ではまさしく〈動き出した瞬間〉が描かれることが多いようですが、一方、寛斎が選んだ場面は彫像が〈完成した瞬間〉。「ようやく完成した!」という安堵。「すごいな! 私の腕前は」という自信。そして、小車太夫への想い。様々な情感が入り混じった甚吾郎の表情を、シンプルな線で描き出しています。
※コレクション展「森寛斎」(12月18日まで)展示作品より
山口県立美術館副館長 河野 通孝