私の部屋の、窓越しに
みえるのは、エヤ・サイン
軽くあがつた 二つの気球
青い空は金色に澄み、
そこから茸(きのこ)の薫りは生れ、
娘は生れ夢も生れる。
でも、風は冷え、
街はいつたいに雨の翌日のやうで
はじめて紹介される人同志はなじまない。
誰もかも再会に懐しむ、
あの貞順な奥さんも
昔の喜びに笑ひいでる。
【ひとことコラム】〈エヤ・サイン〉はアドバルーンのこと。昭和初期の東京の空によく見られ、当時の文学者や画家がその作品に取り上げました。秋という季節特有の透明感の中、気持ちが後ろ向きになりがちな人々の様子を通じ、冬に向かい少しずつ生気が衰えていく感覚が表現されています。
中原中也記念館館長 中原 豊