「おんなの目」を書こうと机の前に座ったら、お茶が飲みたくなった。淹れに台所に行った。あっ、手が滑って床に落ちてしまった。床はびっしょり。はいつくばって床を掃除する。
さあ、書くぞ、と座ったら、トイレに行きたくなった。仕方がないので駆け足で行った。洗面所の菊が枯れて花びらが散っていた。あーあ、白や黄色、あずき色の萎びた花びらを中腰で拾った。腰が痛かった。
さあ、書くぞ。電話が鳴る。
「あのね、昨日ね、新聞を取るのを三日忘れていたら、ご近所の人が、なにかあったのかと心配して、親戚に連絡してくれたのよ。遠方の親戚の者三名が夜、合い鍵を使って私の部屋に入ってきたの。私は爆睡状態よ。彼らが私の耳元で叫ぶのよ。『おい、敏ちゃん、大丈夫か。起きろ。生きてるか? 息してるか?』ってね。びっくりよ」。友人の一人暮らしの敏子さんからの電話。二人で大笑いして一時間の長話。
さあ、書くぞ。ピンポン。「回覧板です。あの真っ赤な椿きれいね、一枝頂戴」「どうぞ、あれはね、田舎から持ってきて云々」「じゃ、柚子あげるわ。今年の我が家の柚子はね云々」で立ち話一時間。
さあ、書くぞ。名文(迷文?)を書かなきゃ。えっ、もう夕方? 嘘!