雀の声が鳴きました
雨のあがつた朝でした
お葱(ねぎ)が欲しいと思ひました
ポンプの音がしてゐました
頭はからつぽでありました
何を悲しむのやら分りませんが、
心が泣いてをりました
遠い遠い物音を
多分は汽車の汽笛の音に
頼みをかけるよな気持
心が泣いてをりました
寒い風に、油煙まじりの
煙が吹かれてゐるやうに
焼木杭(やけぼつくい)や霜のやう僕の心は泣いてゐた
(一九三四・四・二二)
【ひとことコラム】〈雀の声〉や〈ポンプの音〉に耳をすます詩人は、朝の時間がもつ活気とは裏腹な感情を抱いています。〈遠い遠い物音〉を思うのは身近な世界では得られないものがあるからなのでしょうが、なおも繰り返し何かに喩えようとするところに、その感情の底深さが表れています。
中原中也記念館館長 中原 豊