極度にやせ細り、不自然に屈曲した左手首。一方、右手の人差し指は、その指先で何かをなぞっているようにも見える。
実は、この手は、いままさに埋葬されようとしている男のもの。もはや動き出すわけもないのだが、画家は、まるで生きているかのように描いた。
極寒の地、シベリアでの抑留生活を描いた、香月泰男の「シベリア・シリーズ」57点のうちの1枚である。
香月自身による作品解説を読むと、埋葬の実態は、想像以上に過酷である。
「セーヤ収容所では、栄養失調と過労から死者が続出した。・・・死者は山の斜面に埋葬した。・・・凍った土は固くて掘りにくく、穴の浅いところは、地表からわずかに掘り下げた程度だった。雪解けにはその何体かが露出した。」
ともに戦った友人を凍り付いた異郷の地に置いてこざるをえなかった記憶は、画家に、「ことさらあたたかい色」を選ばせた。
※コレクション展「“シベリア様式”の確立」(6月25日まで)展示作品より
山口県立美術館副館長 河野 通孝