我が家のお隣さんは岸村さんで、岸村さん宅は今空き家。北海道に転勤中で、いずれ帰ってこられる。庭に続いて広い畑があってその横に5メートル四方の藤棚がある。4月になると藤が咲き始める。毎年、主なしとて紫の濃淡の長い房を垂れる。蜂蜜をお湯で薄めたような甘い香り。それを春の風が周囲に運ぶ。もちろん我が家にも届く。
満開の藤棚の下一面には、同じ淡青紫色のツルニチニチソウが群れて咲いている。首を立ち上げて、見て、見て、私を見て、って賑やかなこと。
私は、甘い匂いと賑やかな声が聞こえると、岸村さんの藤棚に駆けつける。平らな庭石に座り、風が西から吹けば東に、北から吹けば南に、一斉に花穂を揺らす藤を見る。匂いに酔う。ツルニチニチソウは、繁殖力が強く、去年より一段と広く畑まで占領している。濃い緑の葉と淡紫青色の花の咲き乱れる様は幻想的で、深山の谷間に迷い込んだようだ。何時間も座っていると、美しさに気味悪くなる。身体が青く染まり、ツルが足首にからみどこかに引きずり込まれる。
藤のひと枝を手に取ると、風に揺れる姿は軽やかだったのに、意外と重く手ごたえがあった。ツルニチニチソウのツルは休みなく伸び続ける。強い命を持っている。
岸村さんはお元気かな?