鏡の中の私を見ていると三人の人がいる。一番顕著なのが母である。うす暗い部屋の鏡に映った私は母そっくり。次は祖母である。口周辺に寄った皺の形は祖母のそれと同じで、そこだけ注視すると田舎の囲炉裏の前に座る祖母である。広めの額は父か? 私が知っている私に繋がる近縁の人達は三人である。他の祖先は写真もないから、私への痕跡は探せない。
ずっと遡ったら、縄文人に、まだ過去に走ればホモ・サピエンスに、 -わずか六〇〇万年前、ある一頭の類人猿のメスに二頭の娘がいた。そして、一頭はあらゆるチンパンジーの祖先となり、もう一頭が私たちの祖先となった。サピエンス全史- 祖先たちは地球の様々の地域に果敢に進み順応していく。偶然か意図的か、命をつないで来た。
私達は母の胎内でその進化の長い歴史を約十か月で一気にたどる。生まれてきた後はそれらを全て忘れている。DNAの長い螺旋の中に痕跡があるのだろうか。学問的なことはなにも知らないが、時折、ぼんやりと空を見ていると、太古の洞窟で動物の絵を描いたり、縄文人のように火炎土器を作っている。もっともっと激しく土をこねよう、と仲間と話した記憶がよぎる。
私が誰なのかわからない。