少女がいま校庭の隅に佇(たたず)んだのは
其処は花畑があつて菖蒲(しようぶ)の花が咲いてるからです
菖蒲の花は雨に打たれて
音楽室から来るオルガンの 音を聞いてはゐませんでした
しとしとと雨はあとからあとから降つて
花も葉も畑の土ももう諦めきつてゐます
その有様をジツと見てると
なんとも不思議な気がして来ます
山も校舎も空の下(もと)に
やがてしづかな回転をはじめ
花畑を除く一切のものは
みんなとつくに終つてしまつた 夢のやうな気がしてきます
【ひとことコラム】雨に打たれる菖蒲の花と、その花を見つめる少女。延々と降り続く雨は、眼前の情景をかすませながら、それを見守る詩人の時間感覚を惑わせていきます。誰もが懐かしさを感じる校庭という場に、過去と現在が交錯する日常を超えた時間が、ひとつの映像として見えてきます。
中原中也記念館館長 中原 豊