一週間ほど前に還暦を迎えた。そんな私を始終悩ませているのが、腰痛と「長女の長風呂」である。困ったことに、わが愛娘は「K-POPをかけながら入る」派。真っ裸で踊っている可能性すらある―騒々しいことこの上ない。そこへいくと、私などは「照明を暗くして一人静かに入る」派。すりガラス越しの脱衣室の仄かな光に満たされた静けさこそが、湯につかることだと信じて疑わない。静かすぎて、脱衣室の照明を家人に消され、真っ暗闇になることもあるくらいだ。そういう時は、自らの存在感の薄さを噛みしめながら「闇の湯」の静寂を楽しむ(他になす術がない)。
そんな静かな私に突き付けられた《山の湯治場》。昭和32年、青森で撮られた光景である―私のささやかなお風呂哲学が音を立てて崩れた。
「ちょっと、ぎゅうぎゅう過ぎやしないか!」
いや、どんな腰痛だって治りそうな気もしてきた。
※コレクション展「『奇』を撮る」(6月25日まで)展示作品より
山口県立美術館副館長 河野 通孝