萩市生まれで、山口市や宇部市を拠点とする映像作家・田邊アツシさんが初監督を務め、山口市嘉川のブランディング会社・えすぷらんが初めて配給する映画「マゴーネ 土田康彦『運命の交差点』についての研究」(https://magone-film.com/)が、6月9日に全国公開された。ベネチアンガラスの工房がひしめくイタリア・ムラーノ島にスタジオを構えるガラス作家・土田康彦さんの創作活動や人物像に迫ったドキュメンタリー映画で、同社の杉本理恵子社長が初プロデュース。このほど、田邊監督と土田さんがサンデー山口を訪問。映画が制作されたいきさつなどを話した。
土田さんと最初に出会ったのは杉本さん。2011年5月、仕事でベネチアに出掛けた杉本さんが、土田さんを紹介された。そこで彼から、取り組みたい企画の構想を聞き「山口で実現しよう」と意気投合。その翌月には、土田さんが下見のために初来山した。そして、翌2012年11月から12月初旬にかけて、えすぷらんの企画による「山口×土田康彦10×10展」と題された「食」と「アート」のワークショップが、山口市で開催された。田邊さんはその際、土田さんが山口を歩き、食べ、地域の人々と交流する滞在記録ドキュメンテーションの制作依頼を杉本さんから受けた。土田さんと田邊さんは、2人の時間を長く過ごす中で、映画好きなどお互いの共通点も少なからずあり、「いつか一緒に何かできたら」と話すようになっていったという。
イベント終了とともに土田さんは山口を離れたが、その後もメールなどで2人の交流は続いた。そして、翌2013年に土田さんが「運命の交差点」というガラス作品の新シリーズを銀座でお披露目するタイミングで再会。そこに展示された作品を見て田邊さんは、以前から漠然と持っていた「土田さんの物語を、自分の映像作品として表現したい」との思いが高まり、土田さんに撮影許可を依頼。快諾された。
最初は、土田さんが日本で個展する際の姿を撮ることからスタート。現地へは、2018年3月まで6回足を運び、カメラを回した。その後新型コロナウイルスが世界中を席巻し、イタリアもロックダウン。そのさなかの2020年4月にオンラインでつなぎ、最後の収録を実施。通算8年間で、撮影した日数は114日間にも及んだという。その素材を、見た人が田邊さんの記憶を追体験するような、96分のドキュメンタリー映画に仕上げた。
だが、上映に関してのノウハウは全くない。そこで田邊さんは、作品完成前の2019年12月、2人を引き合わせた杉本さんに相談。彼女も経験のなかった分野ではあったが、二つ返事で引き受けた。その後、一から勉強を重ねるとともに、映画公開につなげる人脈も築き上げていったという。国内の映画館が閉まったコロナ禍では、11の国際映画祭に出品し、5部門で入賞を果たした。そして国内では、ミニシアターの草分け的存在・東京の「シネスイッチ銀座」での公開・舞台あいさつなども実現させた。
映画は、田邊監督が土田さんとの出会いを回想する序章「FLOW」から始まり、彼が異国の地でどのように生きるのかを探る第1章「WALK」、同氏の自伝的小説「辻調鮨科」を題材に食とアートとのかかわりを探る第2章「TASTE」、映画監督・臺(だい)佳彦との出会いを通じて土田作品の光と影を浮き彫りにする第3章「PRAY」、創作の長年のモチーフ・渦巻きの考察を深める第4章「SPIRAL」、死と再生という観点から作品制作のプロセスをたどる第5章「FOG」、そして能楽の言葉「せぬひま」を用いて芸術・文化の果たす役割を考える最終章「SENUHIMA」へと進行する。冒頭の「FLOW」には、2012年に山口市で撮影された映像も使用。足立明男YCAM館長(当時)や、福田百合子中原中也記念館名誉館長も登場する。
土田さんは「圧倒的に美しい映像も見どころ。マドリード国際インディペンデント映画祭のコミッショナーからは『映画史上、最も美しい映像を表現した映画の一つ』との評価を受けた。また、田邊監督自身によるナレーションは、プロからも高く評価されている」と話し、田邊監督は「見た人の背中を押してあげる作品になってほしいと願っていたので、鑑賞した人たちがSNSなどで『勇気をもらった』『今日から頑張れそう』といった気持ちを表現してくれているのはうれしい」と感想を述べた。
YCAM(山口市中園町7)では、6月21日(水)から25日(日)までと、同28日(水)から30日(金)まで上映。また、シネマスクエア7(宇部市明神町3)では、同23日(金)から1週間上映される。
土田康彦さんは、1969年大阪市生まれ。1988年に辻調理師専門学校を卒業後に渡仏、パリで食と芸術の道を目指すように。1992年にイタリア・ベネチアに移り住み、老舗レストラン「ハリーズ・バー」で調理師として働きながら創作活動も続け、1995年にムラーノ島へ。多様な作風の中にも一貫した強いメッセージやコンセプト、哲学が根底に存在することから「ガラスの詩人」の異名を持つ。2021年には初の小説「辻調鮨科」(祥伝社)を、今年4月には2冊目となる「神戸みなと食堂」(托口出版)を出版するなど、近年は執筆活動にも力を入れている。
田邊監督は、1971年萩市生まれの映像作家・写真家。山口市では約10年暮らし、現在は宇部市在住。アーティストのドキュメンテーション、美術館・博物館・文学館等の展示映像、企業等のビデオ・TVCM制作、ミュージックビデオの企画制作等を手掛けている。「マゴーネ」が長編映画初監督作品で、2作目の計画も現在進行中だ。