出で発(た)たん!夏の夜は
霧と野と星とに向つて。
出で発たん、夏の夜は
一人して、身も世も軽く!
この自由、おゝ!この自由!
心なき世のいさかひと
多忙なる思想を放ち、
身に泌(し)みるみ空の中に
悲しみと喜びをもて、
つつましく、かつはゆたけく、
歌はなん古きしらべを
霧と野と星とに伴(つ)れて、
歌はなん、夏の夜は
一人して、古きおもひを!
(一九二九・七・一三)
【ひとことコラム】「頌歌(しょうか)」は神の栄光や仏の功徳を誉め讃えて歌うこと、またはその歌。世俗を離れてひとり夏の夜を歩み始めた詩人は、身近な自然を通じて空の高みへと心を寄せていきます。ここにいう〈古き〉は長い時を経ても不変であること。この詩自体も力強い文語調で歌われています。
中原中也記念館館長 中原 豊