長門峡駅から津和野側に少し進むと阿武川は深い淵を形成しており、山口線は龍宮橋を渡る。その下が龍宮淵で、かつては流れが激しく青い渦が巻いていて、その底は龍宮に通じていると信じられていた。この淵の断崖絶壁の上に直径3mの塚があり、その中央に石塔が立っている。山口の仁保庄の地頭、三浦之介元久の「生墓」と伝わるものである。
彼が鷹狩のためにこの地を訪れた時、鷹によって水の底深くまで導かれた。そこは龍宮であり、お姫様から不老の薬の入った玉手箱を渡された。一日過ごした後、元久は龍宮淵に戻ってきたが、実は百日が経過しており、死んだとばかり思った家族は墓を建てていた。これが「生墓」伝説となったのである。
文・イラスト=古谷眞之助