ロシアによるウクライナ侵略の終わりが見えない中、昨年10月にはパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム主義組織ハマスがイスラエルに奇襲攻撃。現地の惨状は、日々われわれにも伝えられている。一方国内では5月8日、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の分類が季節性インフルエンザと同じ「5類」に引き下げられ、以前の「日常」をようやく取り戻した。12月22日に国立社会保障・人口問題研究所が公表した地域別将来推計で、山口県の人口は2045年までに100万人の大台を割り込み、2050年には約92万6000人になる見通しが示された。平穏無事な生活を送れる事に感謝しつつも、将来に向けての不安も感じてしまう。山口市の現状と今後について、伊藤和貴山口市長に聞いた。
(聞き手/サンデー山口社長 開作真人)
取り戻した「日常」生活 人口推計から将来への不安も
―あけましておめでとうございます。最初に、市長就任2年目となる昨年を振り返っての総括と、ご感想をお聞かせください。
伊藤 新型コロナウイルス感染症やロシアによるウクライナ侵略等による市民生活や経済活動への影響に対する本市独自の生活者・事業者支援の緊急対策に、全力で取り組みました。また、3月には2023年度から5年間のまちづくりの指針である「第二次山口市総合計画後期基本計画」を策定。『ずっと元気な山口』の実現に向けて、これからのまちづくりの方向性を定めたところです。
―計画の内容について、お聞かせ願えますか。
伊藤 後期基本計画のテーマは、「ずっと元気な山口」の実現です。人口減少を始めとするさまざまな課題に対応するため、「農山村と都市が共存共栄するまちづくり」「今の市民生活を豊かにし、安心して元気に暮らせるまちづくり」「未来に向けたチャレンジを支えるまちづくり」の三つの視点で進めていきます。
―では、それぞれの視点についてご説明を。
伊藤 まず、1点目の「農山村と都市が共存共栄するまちづくり」では、これまで進めてきた「個性と安心の21地域づくり」と「広域県央中核都市づくり」を継続・発展させながら、農山村も都市も、ともに元気なまちの実現を目指します。次に「今の市民生活を豊かにし、安心して元気に暮らせるまちづくり」では、物価高騰等への対応や災害に強い地域づくりを進めつつ、教育、医療・介護、交通、産業振興、環境などあらゆる分野において、市民の皆様が安心して元気に暮らせるように。加えて、子育て世代から選ばれるまちに向けた環境づくりも進めていきます。そして「未来に向けたチャレンジを支えるまちづくり」では、3大学を始めとする高等教育機関が立地する本市の特性を生かしながら、未来に向けたチャレンジを応援し、地域課題の解決や地域経済の活性化につなげていくこととしています。同時に、人材育成(HX:ヒューマントランスフォーメーション)、デジタル技術の活用(DX:デジタルトランスフォーメーション)、地域脱炭素の推進(GX:グリーントランスフォーメーション)の三つのX(トランスフォーメーション)への取り組みを進め、新たな時代に対応することで、市民生活をより良いものへと変革。本市の持続的な発展へとつなげていきます。
自治会・町内会への加入率向上に向けて 役員の負担軽減へ、依頼事項を精査・削減
―市内には今も続々とマンションが建設されており、定住人口を増やす一助になっています。ただ、マンション住人や他市から転入してきた人たちが、自治会・町内会に入らないケースが増えており、子ども会についても同様です。毎年全国各地で大きな災害が発生している中、地域コミュニティの重要性は以前にも増しています。核家族が普通となり、多忙な共働きの世帯も増え、さらには人口減少社会に突入した中、今後の自治会運営について、どうお考えですか。
伊藤 昨年度策定した「第二次山口市協働推進プラン後期推進計画」の方向性として「みんなが参加する 未来へつなぐ多様な地域づくり~人をはぐくみ、あらゆる世代が共に生きる」を掲げました。地域で最も身近な存在・自治会等の活動活性化をはじめとした施策を盛り込んでいます。自治会・町内会は、市民同士による信頼関係のもとで安全・安心な暮らしを支えるとともに、地域住民と行政とをつなぎ、地域課題の解決や地域における情報の共有化にも資する重要な組織です。近年の加入率の低下は、地域活動を継続していく上で、大きな課題だと認識しています。さらに、少子高齢化に加え、コロナ禍を経て、地域コミュニティの状況は大きく変容。多様化・深刻化している日常生活における課題に柔軟かつ迅速に対応し、将来にわたり安全で豊かな市民生活を守るためにも、自治会・町内会は必要不可欠です。
―では今後、どのような取り組みを?
伊藤 先ほどお話しした「第二次山口市協働推進プラン後期推進計画」策定時に実施したアンケート調査では、「自治会・町内会活動のスリム化や担い手確保の必要性を感じている」と答えた人が多く見られ、加入しない理由としては「必要性を感じない」といった回答が多数寄せられました。そこで、今後の自治会運営については、役員の負担軽減と、加入者の増加に向けた取り組みを進める必要があると考えているところです。
―具体的には?
伊藤 負担軽減を図るため、行政からの依頼事項の精査・削減を継続的に進めます。また、自治会長・町内会長を対象とした研修会や情報交換会を開催し、先進事例の紹介を通じて活動・行事の合理化や見直しなどを進められるよう支援していきます。人口減少が深刻な中山間地域の自治会・町内会については、組織改編や活動の相互の提携などによる負担の軽減などを行います。一方、マンションに居住する人たちへのアンケート等を行い、加入率向上への足がかりとしたい考えです。
プレミアム付き商品券の「復活」を議論
―「ずっと元気な山口」の実現に向けては、お祭りやイベント等の行事も含めて地域社会を支えている中小零細企業の活性化が重要だと考えます。ネット販売や大型店など規模の大きい"市外"業者との厳しい競争にさらされている上に、物価高騰や賃金上昇のダブルパンチに見舞われ、その多くが赤字もしくは利益圧迫に苦しんでいます。市内中小零細企業の置かれている現状と、今後の支援策についてお聞かせください。
伊藤 原材料やエネルギー価格の高騰、人件費の上昇などコスト負担が増えており、先行き不安な状況が続いていると捉えています。本年度の主な支援策としては、中小企業者への省エネ機器等導入、商店街連合会と料飲組合へのプレミアム付きデジタルクーポン券の発行、住宅リフォーム工事向け「安心快適住まいる助成事業」への支援を実施しました。さらに今月には、子育て世帯への生活応援を目的とする、総額3億円分の商品券配布も予定しています。
―ただ、一昨年まで発行してきた、業種や地域を問わないプレミアム付き商品券の発行はありませんでした。そのため、対象から漏れた企業の経営者や、中心商店街から離れた地域にお住まいの方々からは、不満の声も聞かれました。市民のお金を「分け隔てなく」"地産地消"させることのできるプレミアム付き商品券事業は、業種や地域を問わず、多くの市内中小零細企業を助けることにつながると思います。
伊藤 課題として認識させていただきました。市民の皆様の声を伺いながら、それにフィットした対応策を打っていくべきだと考えます。来年度に向けて、しっかり内部で議論をします。
「サブカル」イベントはZ世代らと研究を
―お隣の宇部市が、イベント「まちじゅうエヴァンゲリオン」の第3弾を開催中。周南市では、アニメや漫画をテーマにした「萌えサミット」が、有志によって昨年までの13年間継続開催されました。どちらの催しも、県外から多くの人が訪れ、地域活性化に寄与しています。"聖地巡礼"する若者や海外からの旅行者が急増している今、山口市も「メインカルチャー」だけでなく「サブカルチャー」にも着目し、まちづくりに生かすべきではないでしょうか。
伊藤 アニメや漫画などの「サブカルチャー」は、国内だけでなく海外でも、日本の魅力を発信する新しい文化として広く知られるなど、大変注目が高まっています。わたしも次なるアートの出発点だと認識しています。こうした状況を受け近年は、自治体が地域にゆかりのあるアニメや漫画作品などとコラボレーションするさまざまな企画やイベントが開催されています。近隣でも、宇部市はもとより、北九州市では「ポップカルチャーフェスティバル」が2014年から開かれており、鳥取県境港市の「水木しげるロード」や「鬼太郎列車の運行」などは広く親しまれている一つではないかと思います。本市においても以前、中原中也もキャラクターの題材となっているアニメ「文豪ストレイドッグス」が中也記念館とコラボレーション。その際には、多くの来場者でにぎわいました。また、現在改修のため休園中の重源の郷体験交流公園も、コスプレイヤーに人気があると聞いています。2012年にYCAMで開催された、ボーカロイド・初音ミク主演のオペラも話題を集めました。
―わたしの知っている山口市が登場した漫画作品は、車田正美「リングにかけろ」と紡木たく「瞬きもせず」くらいですが、若い人たちには浸透していないでしょう。昨年11月には、岩国市出身の島耕作が佐賀県の副知事に"就任"しました。そのことを考えますと、地域とのつながりは「後付け」で良いのかもしれません。「サブカル」好きが全国からこぞって集まるような仕掛けづくりやイベントの開催はできないでしょうか。
伊藤 サブカルチャーを通じたイベントは、山口市に関心がなかった方々へアプローチする効果が高いため、Z世代などの意見も聞きつつ、実施に向けて研究していきたいと考えます。
就活大学生と地元企業のミスマッチ解消を 4年間で山口を好きになってもらえたら
―昨年4月に鋳銭司第二団地が完成するなど、雇用の受け皿となる企業誘致も順調に進んでいるように感じます。その一方で、市内の既存事業者からは人材不足に悩む声が多く上がっています。さらには、地元に就職を希望する市内の大学生は「仕事がない」と、卒業後に多くが県外に出てしまいます。あまりにミスマッチがひどいのではないでしょうか。
伊藤 本市が実施したアンケートでは、「卒業後に山口に住みたい」と思う学生の割合と実際の県内就職率との間には約10パーセントの開きがありました。県内就職を希望しているにもかかわらず、市外・県外に流出している人が少なからずいるのが現状です。そして、県によるアンケートでは「県内に希望する職種が少ない」「県内企業を知らない」といった声が寄せられています。こうしたニーズに応えられていないことが、人材流出の要因のひとつだと考えています。
―4年間「山口生活」を送れば、いくつもの県内企業に接触するはずです。コロナ禍の影響もあったのでしょうが、大学と家との往復だけなのでしょうか。
伊藤 山口暮らしを満喫しないのは、もったいない限りですね。
―就職活動における大学生と地元企業とのミスマッチを解消させるには、在学中にいかに山口を好きになってもらうか、ということにつきるのかもしれませんね。希望する職種や賃金については多少目をつむっても、「山口を離れたくないから、山口にある企業の中から就職先を選ぼう」と考える学生が増えてくれば、状況もまた変わるかもしれません。
伊藤 山口大学・山口県立大学・山口学芸大学の3大学が、2022年8月に文科省の「地域活性化人材育成事業~SPARC」に採択。同年12月には3大学による(一社)「やまぐち共創大学コンソーシアム」が設立され、昨年3月には「大学等連携推進法人」の認定を受けられました。「文系DX人材」を育成しようとするプロジェクトで、その延長線上に「地域課題の解決」があるのですが、その活動をいかに市内の中で展開していけるかが大事だろうという話は、大学側としています。
―一方、受け入れる側となる企業に対する支援策は?
伊藤 新卒者を6カ月以上正規雇用した中小事業者に対する「新卒者雇用促進助成金」や、採用活動に対する支援制度「山口市中小企業等採用活動支援補助金」を本年度新たに設けました。今後も継続して、積極的に支援していこうと考えています。
―では、最後に一言お願いいたします。
伊藤 若者や子育て世代を始めに、あらゆる市民の皆様が安心して住み続けられる「ずっと元気な山口」の実現を目指し、着実に歩みが進められる2024年にしていきたいです。また、山口市菜香亭が開館20周年、中原中也記念館と小郡文化資料館が開館30周年を迎える年でもあり、記念事業も考えています。今年もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。