昼、寒い風の中で雀を手にとつて愛してゐた子供が、
夜になつて、急に死んだ。
次の朝は霜が降つた。
その子の兄が電報打ちに行つた。
夜になつても、母親は泣いた。
父親は、遠洋航海してゐた。
雀はどうなつたか、誰も知らなかつた。
北風は往還を白くしてゐた。
つるべの音が偶々(たまたま)した時、
父親からの、返電が来た。
毎日々々霜が降つた。
遠洋航海からはまだ帰れまい。
その後母親がどうしてゐるか……
電報打つた兄は、今日学校で𠮟(しか)られた。
【ひとことコラム】幼い子どもの死。兄や父母の思いとは裏腹に、自然の営みも人間社会の営みも変わらず続いていきます。その子が雀に注いだ愛情も雀の存在とともに忘れ去られていく中、その記憶を詩に刻もうとした一篇です。中也が弟・亜郎(あろう)を亡くしたのは小学校一年生の一月のことでした。
中原中也記念館館長 中原 豊