十二時三十分手術開始。中年のすらりとした男性医師。手術患者は私と同じ七十代後半から八十代の人達六人。
まず、着ている服の上から空色の手術着を着る。麻酔用の目薬を数回し、順番を待つ。だんだんと恐怖が湧いてくる。私の名が呼ばれ、歯医者の椅子のもっとしっかりしたリクライニングの椅子に寝る。顔に、感触がゴムのようなものを目だけ出してかぶせられる。水晶体を削り始める。歯を削るようにがりがりと削る感じ。水を目にかけ砕けた古い水晶体を流し去っている。心臓がドキドキして気持ち悪い。「顎を引いて」「リラックスして」と立て続けに言う。リラックスなんてできるわけがない。楽しいことを考えようとしたが、浮かばない。私には、心躍る忘れられない思い出はないのか。
「終わりましたよ、完璧」。長く感じたけれど約十分かな? 顔の右半分はガーゼで覆われている。廊下の鏡に映った顔は、六十年前に見た映画「愛と死をみつめて」のミコにそっくり。ミコは顔に悪性の腫瘍ができ手術し、顔の右半分に大きなガーゼを貼り付けていた。最後は死んでしまうのだが、ミコにはマコという恋人がいた。純愛である。私は家で泣きながら原作を読んだ。級友の律子さんはその本を授業中に読んでいて嗚咽をもらして先生に怒られた。