近頃、友人達が皆後期高齢者になり、その分昔話が多くなった。自慢話はなく後悔の言葉が良く出てくる。彼女達は「ごめんなさい」と謝るのである。
一説によると、年を経ると、大脳の皮質が剥がれおちて、髄質がむき出しになってくる。肝心なことは思い出されずに思いもよらぬ昔のことが飛び出てくる、という。
A子さんは風呂焚きをしながら炊事をしていて、ちょっと目を離したすきに幼い子供が焚き口に手を入れてしまった。手の甲に火傷させた、私の不注意で。今も痕が残っている。息子よ、ごめんなさい。
T子さんは、遠くに嫁いだので母親が病に倒れた時に看病できなかった。ごめんなさい、お母さん。M子さんは、お父さん、反抗ばかりして、ごめんなさい、と何度も言う。
私は、五十歳になった時に、八十歳の伯母から、自作の木目込みの雛人形一対を贈られた。「あなたの生まれた時に雛人形を贈れなくて、ごめんね。あの頃は貧しくて気になっていたのに、母親の実家の我が家から初孫のあなたに何もしてやれなくて、ごめんね」という添え書きがあった。母の両親は母が三歳の時に亡くなり、伯母が実家をついでいた。伯母の胸奥に秘められていたものが八十歳になって浮きあがってきたのだ。