我が家の庭に小さな温室がある。父が作ったものでサボテンを三十鉢くらい育てていた。私は草花に興味がないので、父が亡くなってから温室の扉を開けることは間遠になった。
サボテンといえば、西部劇の中のもので、雨など降らない荒野に、全身に棘をまとい、三本の手のような形で立っていて、そこでは保安官とお尋ね者が決闘をする。どちらかが死ぬ。そんな場所に生えているので水はいらないと思っていた。父亡き後五年、サボテンは枯れた。それでも五鉢のサボテンは生きていた。一つのサボテンは尖った黒い棘の間に白い花を咲かせていた。良く見ると脇に小さな子供を二つ付けている。不運にも知識のないこんな私のような持主に出会っても、力強く生き抜く姿に心を打たれた。ごめんなさい、水をやった。園芸の本を読んで気をつけて育てている。
ある日、サボテンに水をやろうとしてジョウロを持ち上げると底にモンシロチョウが死んでいた。微かに残った水に羽を濡らして蝶は死んでいた。サボテンの命を支える水に蝶は命を奪われた。畑に埋めようと、すくったら羽が胴体から離れた。掌に二枚の羽。温室を出て羽を外の光りにかざしたら、突然の南風に羽は舞い上がり、一羽の蝶のように温室の屋根の向こうに消えて行った。