「・・・ペーチカをかこんで話すことといえば、きまって故郷の風物、食物、家族のことだった。手をさしのべてあたっているペーチカの表面のしみや凸凹が、地図に見えることがある。ここがシベリア、日本海、その向こうに横たわるのが日本、山口はあの辺になる。ずいぶんこれは遠いぞ。そんなことを胸の中で思いながらペーチカをみつめていた。」
ペーチカとはロシアの暖炉のこと。シベリアに抑留され、過酷な労働に従事させられた捕虜たちは、満たされることのない粗末な食事を済ませるといつもペーチカを囲んだ。
その温もりが思い思いにかざされた手のひらを通して、こわばった体と心をほぐしていく。それは遠く離れた故郷の温もりとも自ずと重なったに違いない。
そんな望郷の念が漂う静かな空間に唐突に足裏をかざした男(左から二人目)がいる―フフッ、あったかい。
皆の顔にも少しだけ笑みが浮かんだのではないだろうか。
山口県立美術館 河野 通孝